3度目の雪合戦~ジャンヌダルクの気持ち♪ [【Sports】]
年に一度の無邪気になれるスポーツ、それが雪合戦。早いもので今年で3度目になります。
毎年1チームずつ増え、なんと今年は3チーム!応援メンバー含め、29人の大所帯となりました。
東京からやってくるメンバー、試合当日に初めましてと言い合う光景は、なんとも面白いものです。
今年は事前に東京メンバーとWebミーティングをして、昨年度優勝チームと無謀にも練習試合をし(2試合して2試合とも全滅・・・)、心の準備はできていたので去年までに比べて余裕はありました。
私は毎年、先陣を任されるのですが(女性で先陣を闘っているのはあまり見ません・・・)、去年は早々にあたっていたような気がします。だけど今年は冷静によけられたような気がします。これも練習試合の成果でしょう。
我々Team自由人は、1試合目勝てた試合を落としてしまい、即反省会。作戦や配置を若干変えのぞんだ2試合目は2セットとり勝ちました。そして、なんと3年目にして初めてのフラグ取り!みんなには「ジャンヌダルクのようだった」と
いやー、実際気持ちよかったです
残念ながら予選通過はならなかったけれど、オープンで出場した2日目の準決勝リーグでは予選で負けた相手に2セットを取るストレート勝ち。しかも1セットは全滅させました。
試合を重ねるごとにみんなうまくなっているような気がします。
他の2チームも善戦をし、決勝トーナメントには行けなかったけれど、みんな大満足な2日間でした。
こうやって、雪合戦のために東京から来てくれる仲間がいて、初めて会う人達のためにおもてなしをしてくれる岩手の仲間がいて、まさに戦友のように心を通わせあいました。
この年になって、こんなにはしゃげることってあるのかな・・・。とても大事な時間だと思いました。
怒涛の2日間が終わり(厳密には3日間)、若干燃え尽き症候群でございますが(苦笑)、来年は念願の決勝トーナメントに出場するために今から練習や研究をしたいと思います。
知求人(自然人・野生人・自由人)、ありがとう
岩手の冬を満喫!~雪合戦大会~ [【Sports】]
今年は、昨年から倍増の20人・2チーム。関東圏から12名も参加してくれ、嬉しい限り。しかし、さすがに20人の調整は大変でした・・・
昨年名づけたTeam自然人に加え、Team野生人を編成し、名前とちょっとした情報を頼りにチーム編成。東京組と岩手組でそれぞれ作戦会議をしたとはいえ、当日の朝「初めまして!」のにわかチーム。そんなチームでも、チームワークは築かれるものなんですね。
昨年同様、やはり大会前日は興奮と不安(みんなが無事に着くかどうか、雪で会場に着けないのではないか)でぐっすり眠ることが出来ず(苦笑)、遠足前日の子どものようです^^。窓を開けたら、ひどい雪・・・
出発は見事に遅れてしまい、さらに雪道でのろのろ運転。だけど、なんとか時間通りに北上駅に着きました。
そこに待っていたのは、見慣れた面々!嬉しいね~。初めて会う人も含め、無事全員が到着し、車に乗り込み会場へ向かいました。
会場に着いて、雪合戦コートを見て、気持ちは高まる。うー、どきどきわくわく。こういう気持ちって、大人になってからないですよね。開会式を終え、他のチームの試合を見て、ますますどきどきが高まります。チームメンバーとまずは自己紹介(笑)。でも、友達の友達というのは、初めてな感じがしないし、安心感があるような気がしますね。すぐに打ち解け、作戦会議。真剣なまなざしです。
雪合戦は、コートに入る前から戦いが始まります。まずは、雪球作り。雪球製造機なるもので作るのですが、これが結構大変
↑雪球製造の様子
そしていよいよ試合開始。私は1番を身に付けセンターシェルターを採りに行く役。他のチームで、1番をつける女性はまずいません(笑)。始まる前まではビビッてましたが、ホイッスルが鳴ってしまえば身体が勝手に動いてしまいまして
1試合目は身体が鈍っていたせいか、初めての体験でわからなかったせいか、勝てた試合も落としてしまった気がします。だって、相手陣地に4人以上入ってしまうという反則で負けてしまったのですから(笑)。ということは、4人以上が相手陣地に入るだけ攻めていたってことですよね、うーん、おしい。
↑雪合戦のスタート時。なんか、かっこよくない!?
1試合目が終わってから、みんなで作戦会議。一度経験すれば、身体でいろんなことを覚えますね。みんなそれぞれの動き方を確認し、アドバイスをしあう。作戦会議も真剣そのもの。
↑真剣に作戦を考えてます。これまたかっこよい!
2試合目は作戦会議の成果もあったのか、フラグを奪取したり、全員が当てられなかったりと、なんと勝利してしまいました!引き続きの3試合目も勝利し、2勝1敗でなんと予選リーグを1位通過
さて、想定外の予選通過。2日目はスキー・スノボをする気満々だったわけですが(笑)、「雪合戦をするために岩手に来た」という言葉を受け、準決勝リーグも参加することにしました。予選敗退したチームも、「応援したい」ということで、なんとか調整して参加できる人全員が2日目も雪合戦会場へ。
2日目は1日目と打って変わって快晴。空の青さと雪の白さが素敵でした。
準決勝リーグは3チームの総当り戦。勝てそうな場面もありましたが、1日目の筋肉痛が激しかったり、眠気があったり、飲みすぎの影響!?のため、2戦2敗となってしまいました。。。それでも、2日目まで戦えた自分達を褒めてあげたいね。
(ちなみに、私達が準決勝リーグで対戦した2チームがそれぞれ優勝、3位ということで、決勝Tまでいける可能性が大いにあったことがわかり、来年への期待が高まりました)
2日間と言う短い時間だったけど、岩手と東京と言う離れた場所で暮らす初めて会うメンバーが、雪合戦と言う一つのスポーツを通して心を通わせ、チームワークを高め、真剣に楽しみ喜び交流できたことがとても嬉しかったです。
チーム自然人&野生人、最高!
箱根駅伝しちゃいました [【Sports】]
土曜の朝6時半、大手町に集合。まだ暗い中、続々とメンバーが集まってくる。こんな変な企画をするのは私たちだけだろうと思ったら、なんと他にもいるんですね。声をかけられ、彼らはなんと11年もやってるとか。しかも6チームで。ありえん・・・
スタートを8時にして一緒に走りましょう、と言われたけど、今回私たちは初めてだったし、夜遅くなる可能性大だったので7時過ぎのスタートとしました。
スターターとして声かけていたKAORUが本当に来てくれて、感謝感激★Taichoによる応援(337拍子)をして、記念撮影をして7時16分、いよいよスタート。しっかりとピストルを撃って、私たちの長い一日が始まりました。
本来箱根駅伝は5区の往復だけど、今回は1区と2区、5区を二つに分け、8名がたすきをつなぐ形にしました。それぞれのチームに先導するチャリ隊をつけ、救急隊として車を一台併走。それ以外のメンバーは公共交通機関を使用して、次の中継地点まで移動するという形をとりました。
まずは1区の中間点、立会川へ移動。途中チャリ隊や救急隊から実況中継メールが飛んできて、わくわくしちゃう。1区の時点で、結構差が出てしまったけど、本格的なレースな感じがしてドキドキしました。
私は華の2区の後半。保土ヶ谷駅から戸塚中継所までの11キロです。箱根の山ほどではないけれど、3キロ続く上り坂があり、レース前から緊張してしまってました。
この時点ではかなり差が開いてしまい、私は10分ほどのビハインド。たすきを受け取り、チャリ隊の先導のもと、走り出しました。
走ってみて、人が多くてなかなか走りにくいな、という感じ。それでも、駅前を抜けるだいぶ楽になりました。だけど、2区はかなり入り組んでいて、どこに向かって走ったらいいかわからない。地図を見ながら導いてくれるチャリ隊を信じるしかないっすね。信号機もあるから、途中で止まらなくちゃいけないんだけど、そういう機会に水分補給ができるからちょうどいいのかも。
あとどれくらい走ればいいのかもあまりわからず、しかも坂道がいつ終わるのかも分からず、さらに12月なのにかなり暑い・・・結構しんどくなりましたね。
でも、途中で何度か応援してくれる救急隊、そして私よりも大変そうなチャリ隊のおかげで頑張れました。無事にたすきをつなぐことができ、ほっと一安心、という感じですね。
タイムはほとんど縮めることができなかったけど、気持ちよく走れたのでよしとしましょ。
それから私は平塚中継所まで移動。移動中の電車の中は、爆睡でしたzzz
平塚から箱根までは救急隊としてドライバーを務めました。歩道のランナーを探しつつ、見つけたら渋滞にならない程度にゆっくり走り、途中で昼食を食べるため店を探したりと何気に忙しかったです。でも、途中で走ってるランナーを見つけるとすごく嬉しくて、恥ずかしげもなくみんなで応援しちゃったり。
4区でまさかの逆転劇があり、勝負がヒートアップ!小田原中継所でのたすきリレー後から、いよいよ箱根の山登りです。
箱根の山登りは870mの標高差を走ることになります。っていうか、普通の山登りだよね・・・そんなところを走るなんて、ありえないよ。箱根に続く渋滞に巻き込まれたため、ランナーを見つけたのは結構進んでから。ランナーを見つけて応援するものの、かなり辛そう・・・ちょっとこのままではやばいのではないかと本気で思っちゃったよ。
すでに陽は落ちてしまい、暗い中のラン。5区前半でも逆転劇があり、面白い状況で最終ランナーへタスキが渡されました。5区前半のランナーは、たすきを渡すと同時に倒れこむ。本気で頑張った証拠だよね。本当に感動的でした。
そしていよいよゴール地点である芦ノ湖へ移動。真っ暗なになっていたので、ランナーを探すのは大変だったけど、見つけたときは公共交通機関であるにもかかわらず大声で応援。みんなが真剣に走っている姿を見て、ほんとに涙が出そうだった。なんで、こんなに頑張れるんだろうね。
予想以上に早いアンカーの走りに、ゴールテープを用意できないのではと焦ったけど、なんとか用意して無事にゴール!見事、私のチームが勝ちました。
その数分後にもう一チームがゴール。全員の手でつないできたタスキが、無事ゴールまでたどり着きました。その時間は10時間40分。
いつもながら思う、なんでこんなに楽しいんだろう。そしてなんでこんなに頑張るんだろう。
マラソンも、山登りも、駅伝も、辛いことのほうが多いはずなのに、本当に楽しい。そして充実感。この年になっても、真剣に何かに取組、心の底から楽しいと思えることが嬉しいです。そういう仲間がいることが本当に嬉しいんです
かなりはまってしまったので、これはもう恒例行事ですね。
1月2-3日の箱根駅伝を今から見るのが楽しみです!
走り続けた42.195キロ~河口湖マラソン [【Sports】]

三度目のフルマラソン、河口湖マラソンに週末参加しました。思えば走り出したのは、去年のこの大会からだったね。もう一年もたったんだと思うと、感慨深いものです。
今回も10名近くのメンバーで出場。走ることの楽しさを教えてくれる仲間たちです。
去年に比べれば今年は走りこんでたし、事前に整骨院にも通いだいぶ調整はできていたけれど、さすがにフルマラソン、不安と緊張で実は前日ほとんど眠れませんでした・・・
(食べすぎといううわさもあるようですが、決してそんなことはありません^^)
当日、去年と違ってサポーターがいないので、宿からスタート地点まで40分くらい歩いていきました。結構な距離があったものの、ウォーミングアップにはちょうどよかったのかも。
しかし、スタート直前になってしまい、ストレッチを十分にしないうちにスタートのピストルがなってしまい・・・
不安があるものの、走り出しました。
去年も走っているから、コースや給水所の位置もわかっているから、かなり楽だったね。25キロ地点まではAtsukoとずっと一緒に走り、途中HGクリスマスバージョンやスパイダーマンとデットヒートを繰り返しながら(笑)、走り続けました。
30キロを越えたあたりで足があがらなくなり、どこで歩き出そうか考えはじめたのだけど、なんとか35キロ地点までは走り続けたいと思い、がんばりました。
どうして走り続けるのか、毎回走りながら自分に問うのだけど、今回出た答えは「続けることの大切さ」でした。
この一年、本当に素敵な一年で、やりたいと思っていたことが次々に実現できているような気がします。一見「絶好調」と思われるかもしれないけれど、自分では本当に悩んで苦しんでつ辛い日々のほうが多かったのかもしれません。でも、続けてきたから、今こうやってやりたいことに向かって進めているんだろうなって。諦めない気持ちがすべてなのかなって。
もちろん、すべて私一人でできたことでは全くなくて、一緒になって走ったり登ったり行動してくれる仲間がいるから、できているんだと思います。改めて、素敵な仲間に出会えてよかったなって、マラソンしながら涙してました。
35キロを越えた地点で、私の最長記録になったのでそろそろ歩こうかなと思いつつも、歩いたらもう走れないような気がして、そんな葛藤をしていたころ、後ろから聞きなれた声がして振り返ると393とTsukikoがいました。
それからは3人でゴールを目指しました。途中で11キロレースを終えたMarikoとYuiが応援してくれたし、ゴール寸前には27キロレースとすでにフルを完走していたHiromi、Miki、Shimopiが待っててくれて。
最後は3人手をつないでゴールを切り、抱き合いました。
初めて、フルマラソンを歩かずに完走。去年よりも30分もタイムを縮めることができ、感動で抱き合いながら涙が出ました。
私が走り続ける理由、それは仲間がいるから、それが一番かもな。みんな、ありがとう!
私の野球人生を振り返る その2(高校時代) [【Sports】]
WBCの興奮は冷めやらず、朝からニュースを見まくりです。一般紙だけで物足りず、スポーツ新聞まで買っちゃいました。ほんとに私って、野球バカですね・・・
また、私の野球人生を書きたいと思います。
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希望の高校に入ったものの、ソフトボール部はありませんでした。運動することが好きな私としては、部活に入らないという選択肢がなかったので、小学校時代にやっていたバスケットボール部に入部することにしました。
中学時代にバスケをやっていないため、他の人に比べて遅れをとっていたけれど、仲間にも恵まれ楽しくやってました。
だけど、何かが違う。私はこれを求めていない。
1ヶ月にしてこんな気持ちが湧き上がってきました。部活を終えた後に野球部の練習を眺め、あそこに行きたい、加わりたいと思い始めました。
しかしこの高校の野球部は創部100年という伝統ある部で、今まで女性部員を認めてきませんでした。そのことは父や兄から聞いていたから理解していたけれど、それでもどうしようもない気持ち。
「野球ができなくても野球の近くで過ごしたい、甲子園を目指したい」、私の気持ちは高ぶり、まず父親に相談しました。
父親はわかっていたのかもしれない。私がこういうことを言ってくることを。
「やりたいのなら協力する」と言ってくれた気がします。すぐに動いてくれて、部長先生と直接話をする機会を作ってくれました。
「女性という扱いはしない」というようなことを言われたと思います。つまり、入部を認めてくれたのです。
驚きと喜び。伝統を汚してはいけないという気持ちと新たな歴史を作っていく。
いろんな気持ちが交錯したけれど、本当に嬉しい気持ちになりました。
夏の大会前だったので、私は新チームからの入部となりました。夏休み前にバスケ部を退部。私の野球に対する想いを知っていた仲間だったので、快く送り出してもらえました。
その年の夏の大会はベスト8。甲子園にいけなかったのは残念だけど、この大会が終わると同時に、私の高校野球がスタートを切りました。
初めはどうしてよいかわからず、立って見てることが多かったですね。基本的には「自分のことは自分で」、という野球部の方針を変えなかったので、今まで部長先生が行っていたことがだんだん私の仕事となりました。ノックのボール渡しや救急箱の管理、水汲みなどをしていたけど、時にはブルペンの草刈だったり、いろんなことを夢中でやっていたような気がします。マネージャーの部屋もないため、トイレで着替えてたしね。
中学時代にスコアを書いていたのは、本当によかったとこのとき思いました。打率や防御率なんかも出し始め、徐々にマネージャーらしくなってきました。
夏休みを終え、部員とも仲良くなり仕事も慣れてきた頃に、一つ上の先輩もマネージャーとして入部したいと言ってきました。やっぱり野球部のマネージャーになりたい人はいるんだ、私がとった行動は間違ってなかったなと思いました。もちろん、これだけ伝統的な部ですから、よく思わない人もいましたが、この時の野球部の監督、コーチ、部長先生、そして野球部員が私たちを歓迎し、仲間として扱ってくれたので、何も気にせずにマネージャーをすることができました。
私が所属した3年間、楽しいことも辛いこともたくさんありました。辛いことのほうが多かったのかもしれないけど。
結果的に結果を残すことができなかったけれど、私は本当に素敵な時間をすごせたと思います。
平日も遅くまで練習し、週末は朝から晩まで練習試合。部員は練習で疲れきっているので、みんなの分ノートを頑張って取ってましたね。私も寝てたけど・・・
いわゆる「青春」の日々でした。あれだけ必死に何かを追い求める、ということもなかなかないような気がします。
入部を認めてくれた部長先生、一緒に闘った部員のみんな、支えてくれた家族、本当に感謝したいです。ありがとう
→大学~はまた次回
WBC日本優勝おめでとう! そして私の野球人生を振り返る(その一) [【Sports】]
本日、野球日本代表がWorld Baseball Crassicで見事優勝しました!なんともいえないこの嬉しさ。8回あたりからはずっと涙を流しっぱなし。ここまで苦労してきただけに、本当に優勝して嬉しいし、選手のみんなにおめでとうと言いたいです。
今日は1回にいきなり4点を入れ、楽勝ムードかと思いきや、やはりアマチュアナンバーワンのキューバ、小刻みの継投で徐々に日本に迫ってきました。6回あたりからは本当にキューバの流れになっていて、「これだから野球は怖い!」と何度も思っていました。
しかし待っていた最終回。やはりイチロー。打ってほしいときに打ってくれる、本当にすばらしいプレイヤーだなと実感しました。守備でファインプレーを出しながらも、2度もエラーをしてしまった川崎、本当にありえないスライディングで得点をあげることができました。
最後の守備、いきなり2塁打を打たれ、いやな雰囲気が流れたものの、大塚が冷静に対処し、見事勝利!その瞬間、日本の世界一が決まりました!
私は生まれてからずっと野球好きで、何度もいろんな試合を見てきたけれど、このWBCの連戦は本当にすばらしすぎました。毎試合、1球1球に緊張し、歓喜と悲しみ。どの試合を見ても、何度見ても、私は感動すると思います。DVDが出たら絶対に買うだろうな。
こんなにも嬉しく、感動したのは久しぶりです。野球が好きでよかった、こんな素敵な試合が見れてよかったと思った一日でした。
さて、ここからは私がなぜこんなに野球が好きか、書いていくことにします。
長いですがご了承ください
私が野球を好きになったのは、いつか記憶すらないですね。生まれてから気づいたら、野球に触れていた、という感じです。その理由は、父親が野球が大好きだったから。
父親は焼き鳥屋を経営しているため、夜働いており、私たち子供と会うのは日曜日のみという生活をしていました。「子供たちと過ごしたい」、という想いと、自分でチームを作ってしまうくらい大好きな「野球をやりたい」という二つの想いを週に一度の休みで行うために、父親は毎週日曜の朝に行う野球の練習に兄弟3人を連れて行ってくれました。
私は幼いながら、父親といられるのが楽しく、何も考えずに毎週朝早く練習に行ってたんだろうな。当然そこでは、私もグローブを持ってボールに触って、知らないうちに野球と触れていました。
兄と弟、そして私という兄弟構成のせいもあるんだろうな。同じ地区の同学年で、女性が私しかいなかった、というのも原因なんだろうな。常に男の子と遊び、一緒に野球をしていたので、私も自然と野球を始め、野球に夢中になっていきました。
小学生になり兄が地区の防犯野球をやりだし、私も同じように始めました。その頃から私が「オンナ」ということを意識し始めたけれど、運良く近くに野球が好きな女の子(1学年上)がいたので、一緒に防犯野球チームに入れてもらいました。当時としてはかなり珍しいと思いますが。
小学生はまだ男の子と対等に野球をしていたのだけれど、中学生に入って、いよいよ「オンナ」であることがゆえにできないことにぶつかりました。そう、野球部に入部できないということ。徐々に性差というものを感じていて覚悟はしていたのだけど、実際入れなかったことはかなりショックでした。運良くソフトボール部がありピッチャーとして頑張れたけれど、その頃の私はかなり母親に対して反抗していました。
「なんで私はオンナに生まれたの!?」言ってはいけないと思いながら、母親に対して一度言ったことを覚えています。やりたいのになぜできないのか、その疑問に対して自分でも答えを見つけれず、そして誰も答えを出せない。本当に悔しい思いをずっと持ち続けて中学時代をすごしました。
ソフトボール部では1年からちょくちょく出させてもらい、3年の時にはピッチャーで4番、そしてキャプテンを任されました。優勝はできなかったものの、高校からソフトボールでの推薦を受けるくらいのプレーはできていたようです。しかしその推薦を断り、父、そして兄が通う高校に進学することを決意しました。
この高校のみに行きたかったため、併願することなく受験し見事に合格。なぜそこまでこの高校にこだわっていたのか、そこにもまた父親の存在がありました。
父親はこの高校の野球部OBにあたります。怪我のため最後まで続けることはできなかったようですが、それでも母校の野球部を愛していて大学時代はコーチとして甲子園でノックをしたこともあるし、お店を経営しながら野球部の後援会の事務局も勤めていました。
そして兄も同じ高校の野球部に入部。3つ違いの兄は、足が速く1番打者として活躍していました。兄が高校3年のとき、シードもつかないチームに関わらず、決勝戦へ進出。8回までリードしていたのに、逆転され準優勝となりました。
そのとき、初めて父親の涙を見ました。父の想いを、そしてみんなの想いを叶えられる寸前までいっていたのに、あと少しで届かなかった甲子園。あの日は明るいうちの家族、一人として笑うことがなかったですね。
甲子園に行けなかったことは本当に悔しかったけれど、親戚や知人から「よくやったね」と褒められる兄を見て「私は同じ舞台にも立てない・・・」と悔しい思いを抱いたりもしましたが。
こういう環境だったので、この高校に行くのも本当に自然の流れだったんですよね。野球部に入る、というよりもこの高校の野球部を応援したい!それだけの想いで高校に進学しました。。。
→高校時代からは次回へ続きます。読んでいただき、ありがとうございました。
2度目のフルマラソン完走~荒川市民マラソン [【Sports】]
本日は荒川市民マラソンに出場しました。昨年11月に河口湖のフルマラソンに出場し完走してから、マラソンに魅了され、コンスタントに走ることをしてきました。
走り続けることは本当に辛いけど、いわゆる「ランニングハイ」になるときもあるし、何よりも一緒に走り応援する仲間がいるので、走ることをやめられなくなっています。
今回はフルマラソンに6人出場。なかなか調整ができない状態だったけど、みんなそれぞれの思いを胸にスタートラインに立ちました。
前回は初めてだったため、ペースもわからず黙々と走っていたけれど、今回はみんな二度目ということもありみんなでわいわい話しながら、ときには写真を撮りながら楽しんで走りました。
五キロ地点から徐々にみんなと離れ始め、ここからが個人の闘い。ペースとしてはかなりよく、足もそれほど痛くなることなく走り続けることができました。
午前中は天気がよく汗をかなりかいていたけれど、時間がたつにつれ風が強くなり・・・。追い風のときはよかったものの、ハーフを過ぎた途端向かい風となり一気に疲れも出てきてしまいました。
それでも走り続け頑張るものの、本当に風が強くて。。。今回は走り続けたい、と思っていたけれど、本当に耐えられなくなり、歩いてしまいました。
風は一向にやむことがなく、それ以上に強くなるほどで、「なんで私、こんな中走ってるんだろ?」と本気で思いました。
なんでこんなに風が吹くの?なんでこんなに辛い思いをしているの?
何度も自分に問いかけ、やめようと思ったのだけど、もう少しもう少しと思い頑張ってみる。
でもやっぱりもう無理!と30キロを過ぎたところで思った瞬間に、ふとよぎった思い。
「やりたいことができる幸せ」
私、やりたいことをしているのに、なんでこんなことを思っているんだろうと思い始めました。
やりたいことをやっている実感。当たり前のように走っているけれど、走れない人もいっぱいいる。
そんな中どんな環境でもやれる幸せを感じないとばちが当たっちゃう、そんな気がして涙があふれてきました。
私、やりたいことをできているんだ。それも、大好きな仲間たちとともに。
中学時代、大好きな野球ができなくて何度も泣いたことがありました。
野球をしている兄弟や同級生が「野球の練習が辛い」と言っているのを聞いて「野球ができないのほうが辛い」と何度も心で叫んでいたことを思い出しました。
そう、私は自分が好きなことを自分の意思でやっている。それが確かに辛く大変な状況だとしても、そのことに感謝しなくちゃ。
そう思ったら元気が出て、絶対走りきるぞ、と思いました。
風は本当に厳しく、飛ばされそうになったけれど、それでも成し遂げたかった。どんな状況でも前に突き進んでいきたかった。そして、みんなと完走を喜びたかった。
タイムとしては風のせいで延ばせなかったけれど、前回に比べて足を痛めることなく自分のペースで走れたので大満足。
ゴール付近で応援してくれた仲間がいてくれて、最後まで頑張り完走できました。
今日も大きな充実感を得ることができました。
走ることは本当に単純だけど、単純だからあるドラマ。
毎回違うドラマがあって、私はそのドラマを見るために何度も走るのかもしれないな。
しばらくフルマラソンはお休みしますが、走ることはやめません。
今日もお疲れ様でした!
リレーマラソン [【Sports】]
本日、昭和記念公園にてリレーマラソンに参加しました。リレーマラソンとはいわゆる駅伝。マラソンの距離(42.195キロ)を4~10名のチームでたすきをつなぐというものです。
マラソンにふさわしいほどの天気!本当に気持ちがよかった。
私のマラソンサークルM&Msメンバーを3チームに分け、対抗戦を行いました。私のチームはチーム名を「LOHAS」として、走りながらも環境のことや持続可能な社会について考え、行動していこう!という意味を込めました。
今日になってサークルのTシャツが届き、みんな嬉しげに袖を通す。黄色のためめっちゃ目だっていいわ。私たちのチームだけ、オリジナル鉢巻とTシャツを用意し、気合をいれちゃいました。
42.195キロを5人で走り、しかも一人は初心者ということもあり、4人-40キロで私は10キロ走ることに。ほとんどのチームが1周(2キロ)ごとに交代していくのに対し、チームLOHASは4キロごとの交代。休みは長いほうがいい、というみんなの総意。実際に走ってみて、2キロの走り方がよくわからず、4キロ通しのほうが私にはあっていたような気がしたね。ただ、みんな2キロなので思い切り走るため、周りのペースに流されかけましたが。。。
暑くて大変だったけれど、無事に21周し、最後はチームメンバー全員でゴール。私が夜なべして作ったLOHASTシャツを着て、ゴールができ嬉しかった!そして見事に対抗戦で優勝しちゃった!
他の2チームも制限時間内に完走できて、みんなで楽しんだ一日でした。
走った後のビール&焼肉はさいこー!みんなでマラソンに出て支えあうのも素敵だったけど、今回のようにチーム戦になるともっと楽しめたね。こりゃ、駅伝はまったわー
※写真はM&Msのメンバーと

東洋医学 [【Sports】]
私が通っている整骨院の先生が主催する講習会が本日雪の中開かれました。マラソン完走の次の日から通い始めたのだけど、マラソン完走の次の日にやってきた私を褒めてくれ、2日目には早速いろんなことを教えてあげると言われ、この講習会が開催されるに至ったのです。
マラソン仲間7名を引き連れ、整骨院へ。私たち以外にも4名ほどの受講者がいました。本日のテーマは「ウォーミングアップとクーリングダウン」。よく聞く言葉だし、それなりにやっているつもりだけど、話を聞いていくうちになるほど納得、という場面がいくつもありました。
なぜ、ウォーミングアップとクーリングダウンが必要なのか、基本的なことでありながら、その本質を知らなかったなと思いました。
ウォーミングアップが必要な理由は、怪我や障害をなくすためなのだけど、効果としては①体温の上昇、②筋肉への血流量の増大、③柔軟性の向上、④関節軟骨の機能向上、⑤神経系の活性化と様々なものがあるようです。体温を暖めないとストレッチ等をしても意味がないことを、受講者の体を使って教えてくれ、みんなも納得。
クーリングダウンはウォーミングアップに比べて怠けがちであることを先生は懸念してました。確かに私もあんまりしてないかも。。。クーリングダウンの効果は①心臓に対する過度ストレスの軽減、②筋肉内の疲労物質・老廃物の除去があるそうです。体を回復させるためにも必要なことなんですね。
体が痛くなるには痛くなる理由があり、それは痛くなる部分だけではなく、体のいろんなところがからみあって痛くなっているということがよくわかりました。西洋医学は痛いところを治すということが基本らしいが、東洋医学は体の調和を考えて治していくということらしいです。奥深いな、東洋医学。もっともっと深く東洋医学を学びたいと思いました。
整骨院講習会終了後は、明日マラソン大会に出るみんなのために炭水化物パーティ(私は病み上がりのため欠場することにしました。。。)。出ない私がいっぱい食べてどうするの~って感じですが、みんなとおいしくいただきました。
(結局、マラソン大会は雪のため中止となった模様です。。。残念><)
祝☆フルマラソン完走! [【Sports】]

友人12名で河口湖マラソンに参加しました。春ぐらいから運動不足だなと思って週に1時間程度走り始めてから、今年中に10キロ程度の大会に出れたらと思っていたところ、同期のYukoの誘いで河口湖マラソンに出場することにしたのが今年の9月。始めは河口湖一周(27キロ)のつもりだったんだけど、あれよあれよとフルに参加することにしちゃいました。
10月始めから練習を開始。基本的に毎週週末を皇居で走ってきました。走ることには慣れてきた感じではあったけれど、正直Max15キロしか走っていなかったので、42キロを走れるかどうかかなり不安なまま当日を迎えました。
前日から乗り込んで当日は5時起き。眠気と寒さと戦いながら、最後のご飯をたくさん食べスタートラインに向かいました。向かう車からは朝もやしか見えない状態。7時時点の気温は-0.5℃だったみたいだよ。
受付を済ませ、ストレッチなどをしてからスタートラインへ。10分前に外に出たときにはすごい人で、なかなかすすむことができず。最後出場メンバーでエンジンを組み、「完走するぞー!!」。すごく勇気がわいてきたよ。
パーン!とピストルが鳴ったものの、私たちが走り出せるまでちょっと時間がかかる状態。そして、大勢の人が走るから、自分のペースもあまりつかめずとりあえず走るという感じでした。走っていくうちにだんだん朝もやがとれてきて、気づけば富士山がとーっても綺麗!日本一綺麗なマラソンコースと言われるだけのことはあるなと思いました。
友人たちとは出会ったり離れたり。マラソンって個人競技だけど、こうやって一緒に頑張れる友人たちといると、チーム競技のような気がしてきました。
ハーフまでは順調で、2時間15分で折り返すものの、そこからが本当にヘビーで。25キロ手前で足に違和感を感じ、ついに歩くことにしてしまいました。そこからは、歩いたり走ったりの繰り返し。30キロから35キロが一番大変で、何度も止めようと思ってしまいました。
本当につらいときに思ったことは、
「なんで私、走ってるんだろ?」
「みんなはどうしてマラソンに参加したんだ?」
そしてその答えを自分で考えてみる。
「途中であきらめたくない、負けたくない」
「これを乗り越えれば、他の大変なことも乗り越えられる」
「自分に自信を持つきっかけにしたい」
そして
「一緒に走ってるメンバーがいる。一緒に喜びたい」
こんな自問自答を繰り返しながら、そして景色を楽しみながら黙々と走り(歩き)続けました。
制限時間に間に合うと思っていながらも、不安で頑張って走ってみる。やっぱり足が痛くて歩いてみる。途中ストレッチもして。そうやって残り5キロになったとき、サポーターとしてきてくれたMaichi、練習中に怪我をして参加できなかったAsao&Yuiの3人が応援してくれて。
「この調子ならいける!」
の言葉に励まされ、涙をためながらまた走り続けました。
そうして到達したゴールライン。思わず泣き出しました。長かった5時間13分。自分ひとりでは成し遂げられなかった完走。本当にうれしかったです!
私がゴールした後数分後にこのチームをまとめてくれたTsukikoが見えて、二人で抱き合いました。
今までこんなにつらかったこともなかったような気がします。そしてこんなに頑張れたことも、友人がいることの大切さを感じたこともなかったような気がするよ。
今日は本当に素敵な一日でした!みんなありがとう!
Special Thanks;
Tsukiko、Hama-chan、Atsuko、Rizo-chan、Yo-chan、Ta-kun、Yuko、Fujikko、Yui-kun、Maichi、Asao-kun
♪やれーばできーるよ、できるよやーればー♪
■河口湖マラソン記録
5時間13分(ネットタイム5時間10分)






